バンコク

ディスコでくたくた 

1991年8月



夕刻、空に垂直の雲が現れたと思ったら豪雨がやってきた。しまった。高速道路で移動中だ。このまま高速道路で渋滞に巻き込まれたら、身動きがとれなくなる。

タクシーは一般道に下りた。だが、動かなくなってしまった。雨が車の屋根をどすんどすんと打つ。ニューペブリ道路目の前にして、運転手と2人だけで狭い車内にいるのは辛いものだ。どうして、男2人が肌を寄せ合うようにして過ごさなければならないのか。

バイクタクシーがするすると渋滞の間を通り過ぎてゆく。オートバイの運転手も客もずぶ濡れだ。またバイクタクシーが来た。傘をさし、少しでも雨から身を守ろうとオートバイにしがみついている娘さん。賢い。傘を差して、オートバイに乗るとは。

今度は、中年のご婦人がオートバイの運転手に体を寄せている。手はどこに? しっかりと、運転手の下腹部にいっているではないか。よく運転できるな。

娘さんを乗せたオートバイが来た。娘さんは運転手の腹を握っている。だが、娘さんも努力している。運転手との間に、少しでも隙間をつくり、密着度を薄めようとしている。いじらしいなあ。


バイクタクシーの運転手と客との接触の模様を観察しているうちに、ディスコ、NASAへ行こうと思ったのである。この関連はまったくないのだが、しいて言えば、接触につきるのかもしれない。

現在、バンコクではIMF総会が開催されている。そこには世界各国から参加者がいるはずだ。中には白人の娘さんもいるだろう。セクレタリーの多くは娘さんかもしれない。そこで接触。遠大な計画だ。いや、無謀な試みか。簡単に言えばアホ。

写真は別物。ニューハーフショーで。


バンコクから東に向かう鉄道の脇でタクシーを降りたのは午後10時を過ぎていた。クロン・タンの入口である。道路からすぐに駐車場がある。その先には客席数2000の巨大なディスコがある。

ステップを踏みながらやってきた。一人ではないのだぞ。ちゃんと連れがいるんだ。えへん。かなり年下の娘さんだ。彼女は夜なのにサングラス。ちりじりパーマ。

彼女はザンタナと言い、大学生なのだ。彼女とはいかがわしいところで知り合ったのではない。文化講演会でお見かけしたのだ。


それもネスカフェのCMに出演している女性の大学教授が講演したときに、会場で文学について激論を戦わせちゃったのである。世の中は分からないものだ。サンタナ嬢、いたくわたしを気に入ったらしい。

白人との接触のはずなのに、ザンタナを呼んだのだ。どうして彼女に声をかけたのか分からないらしい。心の揺れか? 万一の場合、白人に接触できなかったことを考えての慎重さか。 


NASAへ入った途端、「タイだ!」と叫んだ。その心はディスコだから、誰も踊っていない。体育館のように広大なスペース。壁には大きなスクリーン。光が発射している。

ニューハーフショーで。



ニューハーフショーで。
大音響のタイ音楽。スチール製の椅子に腰を下ろした客は、ただ空間に目を漂わせているだけだ。
「踊るのは12時ころからよ」
「終わるのは?」
「午前3時ころかな」
ひたすらピーナッツをぽりぽり。ビールをぐいぐい。これでは白人と踊れない。

それでも11時30分を過ぎると、太ったタイのおばさんがひとりで踊り始めた。タイの盆踊り、ランウオンみたいなおどりだ。これは革命的なことだ。タイでは予定された時刻より早く始まることはない。

おばさん、相当焦っているな。数分たつと、他の人々も踊りだす。だんだん、ディスコになっていく。
「踊ろうか」
ザンタナと繰り出す。
1曲踊ると、すー白人の方によっていく。ザンタナ嫌な顔。今度は日本人らしい女性に接近する。まるでNASAの人工衛星だ。

3曲踊ると、もう膝ががくがくだ。ザンタナは平気で体を動かしている。
「どうしたのよ、しっかりしなさいよ」
「ザンタナ、助けてくれ。もう、踊れない」
「年寄りって本当にダメね。40歳をすぎると老いるのよね」
うらやましげに、ザンタナをみる。





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