「戦争の傷跡」を巡る!

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ドイツ

収容者の服
ベルリン ザクセンハウゼン強制収容所

ベルリンの郊外に強制収容所がある。死体安置室、食堂などを見学できる。



グルーネヴァルト駅
ベルリン アウシュヴィッツ行き列車

ベルリンのグルーネヴァルト駅17番線。
人々はここから列車で、ポーランドなどに設置された強制収容所へ運ばれた。



東側検問所
ベルリン 涙の宮殿

東西ベルリンの東側検問所。ここで人々は涙ながらに別れた。



シタージ本部
ベルリン 東独、シタージ本部(国家保衛本部)

悪名高い、スパイの組織。小説、映画によく表れる。



秘密警察特殊刑務所
ベルリン 東独、秘密警察特殊刑務所

主に思想犯は入れられた刑務所。拷問用独房が凄まじい。



壁と緩衝地帯
ベルリン ベルリンの壁

壁伝いに歩くと、監視塔、宣伝用拡声器、緩衝地帯が現れる。


続:ベルリンの壁を歩く



スターリンの銅像の耳
ベルリン スターリンの耳

カフェにスターリン巨大な銅像の一部、耳が保存されている。



北朝鮮大使館
ベルリン 在ドイツ北朝鮮大使館

金正日は留学中に、ここにも出入りしたのだろうな。



チェコ

金正日カップ
プラハ 共産主義博物館

レーニン像が迎えてくれる。スターリンの有名な言葉が壁に彫られていた。
One death is a tragedy,
One million deaths is a statistic.
J.V.STALIN



フランス
10
レ・ミル収容所
エクス・アン・
プロヴァンス
レ・ミル収容所

ここからパリを経由して、ポーランドにあるアウシュビッツに送られていった。


11
マジノ線
レンバッハ フランス軍が対ドイツ用に建設した巨大な地下要塞がある。

12

D Dayの地
カン 史上最大の作戦、ノルマンディー大作戦の地
13
ホロコースト記念館
パリ 銘板に「1942から1944年の間に、フランスで1万1千人の子供たちが密告などによって連行され、アウシュビッツに送られた」と記してあった。



ポーランド
14
ビルケナウ強制収容所
オシフィエンチム アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所

1940年から1945年1月まで存在した。250万人が殺されたことになる。


15
ゲットーの壁
クラクフ ゲットー

東欧を歩いたときに感じた暗い、抑圧感が蘇った。ナチスの旗、閉じ込められた人々。甲高い声で演説する党員。道路を叩く、軍靴を想像する。



USA
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全米日系人博物館別館
ロスアンゼルス 全米日系人博物館

写真や模型が多く、あまり実感が湧いてこない。



韓国
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プロペラ機
ソウル 戦争博物館

戦車、戦闘機がぎっしりと展示されている。DMZ(非武装地帯)カフェなんてものもある。


18
北朝鮮兵士
板門店 非武装地帯、南進第3トンネル

韓国側から見た板門店。北朝鮮の南進トンネルは見もの。



北朝鮮
19
北朝鮮側
板門店 非武装地帯

北朝鮮側から見た板門店。金正日もここに来たのだな。



中国
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上海ゲットーの一角
上海 上海ゲットー / リトル・ウイーン

ヨーロッパから逃れてきたユダヤ人の居住地


21
旧フランス租界
上海 旧フランス租界

上海の美しい邸宅や集合住宅が旧フランス租界に集まっている。訪問記@

他、旧フランス租界 訪問記A
他、旧フランス租界 訪問記B


22
張氏邸宅
瀋陽 張作霖

日本とも関係の深い張氏の邸宅



タイ
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米軍機
ウボンラチャタニ ベトナム戦争下の米軍基地

アメリカはラオスとの国境に近いウボンラチャタニに空軍基地を建設し、ラオスの革命軍を攻撃した。



ベトナム
24
米軍機
サイゴン 南ベトナムの首都

アメリカ軍、南ベトナム軍の兵器の残骸が残っている。
25
ホアロー収容所
ハノイ ホアロー収容所

ベトナムがフランスに支配されていた時代に設置された監獄。ベトナム戦争中は米軍捕虜も収容された。



ラオス
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革命軍の兵器
ビエンチャン 革命博物館

ラオスの革命の歴史をたどる兵器などが展示されている。



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