モルディブ

マレ、ダイビング、深度30メートル


1994年2月




ドーニは行く
モルディブの首都、マレからドーニという小船でクルンバ・ビレッジに向う。珊瑚礁の中をドーニは行く。いたって波は静か。波がない海原、鏡のようだ。船を操る髭面の男が3人、朝から疲れきった顔をしている。今はラマダンなのだ。

ラマダンの間、朝から夕方まで食事ができない。レストランでも食べさせてくれない。ただ、外国人はホテルでなんとか食事させてもらえる。
ドーニに客はひとり。詰めれば20人は乗船できそうなのだが、わたしはひとり。わたしはどこにいくのも一人だ。それでも、スミの方に小さくなるのは日本でウサギ小屋に住んでいる習性だろう。

透き通った海だ。ポンポンと大きな音をたててドーニは走る。原色のペンキを塗った船体が淡い水色の海を走る。

浅瀬だ。目の前には真っ白な砂浜。椰子の木。30分でクルンバ・ビレッジに到着した。ここは島全体がリソートになっている。コテージが海岸に並んでいる。
ここからダイビングに出発だ。
大柄な体格の女性が待っている。太陽に焼けた体。染みひとつないヒップ。わたしの視線はすでに釘付けだ。日本人女性ダイバーが2人。白人のダイバーが2人。日本人のインストラクター補助が一人。

「モルディブに何日いるの?」
日本人女性に声をかける。彼女たちはピンクのスエット・スーツを着て、かなりの経験者のようだ。わたしはTシャツの上にBCDをつけているの。ライセンスは持っているが、ダイビングの本数は多くない。
「1週間、ここでダイビングするのよ」
「もう、だいぶ潜った?」
「だいぶ、と言うのは、100回以上ダイビングしないと使えない言葉なのよね」
女性は迷惑そうだ。映画俳優のようにハンサムな白人から声を掛けられたのならいいが、モルディブで猿のような男に話しかけられているのだから。折角の、モルディブのいいイメージが台無しになってしまう。
「それじゃ、だいぶ?」
「そうね」
「いいなあ、モルディブで潜れて」
「おじさんだって、潜るンじゃん」




海に出た。
インストラクターが英語で日本人の補助者に叫ぶ。
「日本人のおじさんを注意してよね。彼、初心者だから」
そんな、大声で初心者だと叫ばなくてもいいじゃないか。ライセンスだって持っているのだ。日本人の補助者ははにかんでOKと答える。自信なげな風情だが、ここでひとりで働いているのだ。芯は強いのだろう。華奢な体だが、運動量の多い、危険な仕事をしている。
「最初に崖のようなところまで潜るの。洞窟のように見えますが、深度30メートルよ。流れがきついから、離れないでくださいね」
船から、日本人女性の次に飛び込む。経験豊かな日本人女性はわたしを確認することもなく、沈んでいく。耳抜きをしながら追う。魚を見る余裕はない。でも、日本人ダイバーから離れてしまう。

深度30メートルの海底にたどりつく。光は入ってこない。周囲にはダイバーがいなくなってしまった。
一人で海底をエンジョイし、浮上する。
しばらくすると、日本人の補助インストラクターも浮き上がった。
「どうしました? 見失ったけど、大丈夫だと思っていたわ」
やはり、芯の強い女性である。





クルンバ・ビレッジにあるホテル



ダイビングのあと一休み




帰りのドーニを待つ







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