パタヤ

カマンガイおばさんの食欲


1993年12月




パタヤ名物、ニューハーフ・ショウ
バンコク、バンナを出たところでデパートの地下に入り、カマンガイを食べる。皿に盛ったタイ飯の上に鶏肉を細長く切り、無造作に乗っけたぶっかけ飯だ。庶民の味。

タイ人の間に挟まってひとり食事である。タイ人たちは恋人どうしで、あるいはグループで鍋を囲んでいる。カマンガイ一皿だけのわたしが珍しいのか、タイ人たちはいっせいにスプーンの動きを止める。


にやっと笑みを浮かべるとやっと彼らは自分のテーブルに視線を移す。タイの方々は遠慮しない。不躾な視線が貧弱なわたしの食卓に突き刺ささったのだった。一人で夕食をとっている日本人。それもカマンガイ1皿、たったの200円だ。
パタヤの南、ジョムティアン・ビーチにあるホテルに到着したのは午後10時になっていた。ロビーは22階まで吹き抜けになっている。

この時間になってもタイ人がぞろぞろとロビーを歩いている。家族連れ、ガールフレンドを何人も連れている中年のタイ男性。わたしは指をくわえ、そんな光景をみるだけだ。

期待に満ちた目をすれど、一人で歩いているタイのお嬢さんはみえない。白人もいない。聞こえてくるのはやたらに間延びしたタイ語ときゃんきゃんした中国語だけだ。
台湾や香港からやってきた団体さんだ。アンニョンハシムニカの韓国サンもグループでうろうろしている。やたらサンダルをパタパタと音をたてて歩いている。

翌朝、食券をひらひらさせながらロビーに行く。指定された食堂は長蛇の列だ。
「ユー、別の食堂に行きなさい」
食券をチェックしている女性が顎をしゃくる。

体育館のような巨大な食堂には丸テーブルがずらっと並んでいる。バイキング方式の朝食だ。ぬるいコーヒー、卵焼き、種類のすくないタイ料理。
パンはぱさぱさ。中華料理のシュウマイはぐじゅぐじゅ。それだけしかない。

タイ人の家族、中国人、韓国の若者が歓声をあげている。わたしは10人かけの大きな丸テーブルにひとり。ぬるいコーヒーと春巻き、卵焼きで朝食だ。

隣のテーブルに家族連れがやってきた。よれよれの夫。恰幅のいい妻は50歳くらいか。2号サンも一緒だ。それは疲れるだろう。本妻は皿に饅頭、シュウマイ、餃子を山盛りにしている。別の皿にはカマンガイにタレをたっぷりつけて食べる。

3皿目にはパンが各種取り揃えてある。お椀にはお粥。それにフルーツ。皿から溢れている。彼女は皿を胸の前に確保すると、黙々と処理していく。夫に分け与えるのでもなく、2号サンに食べさせるのでもない。

本妻は食べ続ける。4つの皿とお粥を空にすると、また、カマンガイを取ってきた。食休みは、フォークをくるくるっと回す。巨大なヒップと分厚い腹を維持していくには、朝食だけでもカマンガイの2皿は必要なのだろう。

わたしはへこんだ腹を撫でながら、カマンガイおばさんを見続ける。プールに行こう。
そこにもタイのお嬢さんはいない。トップレス? そんなのいるわけはない。いるのはカマンガイおばさんばっかりだ。肥満体が溢れている。わたしは絶望のあまり、ビーチチェアーに卒倒してしまった。

バタン、ドスン。地響きで気がついた。どうした? 地震でも? いや……。カマンガイおばさんが脇を歩いている。どこへ行くのだろう? 彼女が目指す方向を見る。レストランの大きな看板がある。スパゲッティと書いてある。彼女の巨大な背中に満足感が溢れている。





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